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しろいゆめ(FE風花雪月 レト×ベル)

  • kazenoryu-beibei
  • 2023年5月8日
  • 読了時間: 6分

「こんな夢を見た」

 まるで小説の書き出しのように、担任教師は言った。  ベルナデッタは目を丸くして、話を聞いている。  日差しも穏やかな、午後のひとときである。この頃は生徒との茶会が趣味になりつつあるらしい担任教師に誘われて、ベルナデッタは紅茶と菓子に舌鼓を打っていた。  その席で担任教師が語ったのは、次のような内容であった。

 ――何でも晴れやかな場である。風が心地よかった。  しばらく自分がそこで待っていると、花嫁姿の少女が現れた。くせ気味の紫髪は、自分のよく知る少女であった。  少女がしずしずと進んでいく。自分はそれを満足して見守っていた―― 「そ、それって先生とベルの」 「花婿は誰だったんだろう。自分の座っている位置からは見えなかった。……ベルナデッタ?」 「いいんですよお、どうせ先生から見たベルなんてぇ……」 「とても綺麗だった」  と、担任教師は満足げに微笑う。

「きっと君が大事に想っているひとに嫁ぐんだろうと思った。幸せそうな雰囲気だったから」 「そ、そーですかぁ? でもなぁ、あたしは結婚に良いイメージが……あるのかな?」  ベルナデッタはかつて、過酷な花嫁修業によって対人恐怖に陥ったことがある。否、今でも見知らぬ人は苦手だけれども。自分が発作的にパニックを起こすようになったのは、間違いなく父と、父の教育の賜物であった。 「しかし、実際に君が結婚するのは、もう何年か先になるだろうし。自分が呼ばれるということは」 「呼びますよお! でもって、何が何でも来てもらいますぅ! 先生はあたしの」  大事なひとですし、とは、勇気が足りずに言えなくて。  ベルナデッタはうつむいてボソボソと、「……あたしの恩師ですから」と続けていた。

「そうか」  担任教師は嬉しそうだった。  ベルナデッタは、複雑であった。どうせなら、先生が隣に並んでくくれば良かったのに――そんなことを考えて、唇をむずむずと動かしていた。  担任教師にとっては、深い意味などなかったのだろう。幸せの余韻に浸るかのように、穏やかな表情をしていたけれども。話を聞く限りでは、「先生」は客として呼ばれたひとりである。花婿ではない。

(先生って、結婚とかするのかなぁ)  そもそも誰かに恋心を抱くという姿が、想像の付かないひとである。年齢的にはそろそろ、浮いた話のあってもおかしくない印象だ。加えて、先生は美青年である。傭兵上がりとは思えない所作と教養の程度に、ひそかに憧れる女子生徒も多いと聞いた。  かくいうベルナデッタも、そうした憧れをこっそりと持て余す生徒のひとりであったが。  今のところ、先生は気付いていない。気付いてくれる気配もない。

 ドロテアだったら、もっと積極的にアピールするのだろう。実際のところ、ベルナデッタは控え目すぎると、友人からダメ出しを食らっている次第で。


 そんなことがあったな、――と。  記憶を遡ること、五年前。

 なぜ、今になってそんなことを思い出したのか。  理由は簡潔であった。 「こんな夢を見た」 「は、はぁ」  五年前から姿も何も変わっていない恩師は、五年前と同じ口調で言うのだった。  語り出したのも、やはり茶会の席である。日差しも心なしか、あの日に似ている気がする。  ベルナデッタは五年分だけ成長して、見た目の上では、先生ともそう年の差がないように見えていたけれども。

 学生時分より、お洒落になった自覚もあって。  本当に先生だけが、五年間の失踪、そのブランクの向こうからやって来たのだと実感させられる。  曰く、こんな内容であった。  ――ひそやかに雨の匂いがする広間である。前日までは実際に降っていたのだろう。それが朝になってようやく止んだような空模様だった。  花嫁姿の女性が、しずしずと絨毯を踏んで現れる。ヴェールに隠されて顔は見えないが、紫色の髪をしているらしいのはわかる。  自分はそれを、穏やかな気持ちで眺めている。不思議なほど満ち足りて、けれど、花嫁が早く到着しないか、否、もっとゆっくりでいい、この時間を噛み締めたいような――難しい心地がした。

「ふふーん」  ベルナデッタはその話を聞いて、鼻を鳴らしていた。すっかり得意げであった。 「先生でも、花婿さんになることはあるんですね」 「自分でも?」 「ほら、五年前のときは、あたしが花嫁で。先生は呼ばれる側だったじゃないですか」 「そういえば……よく覚えていたな」 「でっへへぇ」  だって何となく、口惜しかったから。  当時の口惜しさを、そっくり思い出すことが出来る。  憧れの先生と結婚なんて、出来るはずはなく。淡い恋心はひっそりと忘れ去れていくはずであった。ところが現実は、戦争が始まって。先生はいなくなってしまって。

 かと思えば、忽然と戻ってきた先生。  ベルナデッタの憧れは、再会を機に、わずかにも形を変えていた。 『担任教師』という偶像崇拝から、ひとりの青年へと。より明確な感情へと、育っていた。  それだけに、途中まで得意げだったベルナデッタは、ふと青ざめていた。 「せ、先生……参考までに伺いたいのですが、は、花嫁は」 「花嫁か」  顔は見えなかったな、と先生は繰り返す。  そうですか、とうなずいたベルナデッタは小刻みに震えていた。誰だ。先生の花嫁は誰だ。  きっと先生は、無自覚のうちにその女性に惹かれているのだろう。それが夢という形で、先生に真実を訴えたがっているに違いない。

 先生が、好きなひと。 「べ、ベルナデッタ? 急に泣き出してどうしたんだ」 「ぐすっ……あたし、応援できるかな……しなきゃ駄目だよね、だって」  大事なひとの、たぶん、初恋なのだから。 「……先生?」 「いや、すまない。ただ」 「何です?」

 突然顔色を失った先生は、気まずそうにベルナデッタを一瞥し、言った。 「あの花嫁は、君がモデルだったんじゃないかと思って」 「あああ、あたしですか!?」 「確証はないが、おそらく……髪の色や背格好が似ていた気がする。そんな夢を見た理由もわからないが、君には失礼な」 「やったああああああああああああああ!」  勝ち鬨を上げていた。

 これほど嬉しい勝ち戦を、ベルナデッタは知らなかった。  もちろん、ただ何となくで知り合いを配置しただけという可能性もある。キャストにそこまで深い意味はないのかもしれない。それでも。 「先生っ。あたし、良いお嫁さんになれていましたか?」 「どうだろう。歩く姿は綺麗だと思ったが」 「そーですかぁ~」  ふわふわとうなずいて、ベルナデッタは紅茶を口に運ぶ。

 大好きなベリーティー。この味が好きだと、先生は覚えてくれていた。 「せっかくですから先生、どこかふたりで出掛けませんか? あたし、先生と一緒だったら、多少は人が多いところでも頑張りますから!」 「そうか。では自分は後ろからついていくから」 「なんでそうなるんですかぁぁぁあ!?」


 かつての続きのような、先生との時間。ベルナデッタは五年間だけ、成長して。

 先生も、少しだけ感化されたのだと。

 そう思っても、――いいよね?

 
 
 

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