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静謐なる夜明け(FEエンゲージ スタ×ラピ)

  • kazenoryu-beibei
  • 2023年5月8日
  • 読了時間: 7分

※邪竜の章ネタバレを含みます



 彼は揺蕩っていた。  身体はすでに亡くして久しい。意識だけがまだ完全に消え去ることが出来ずにいた。  彼はそんな自分を恥じていた。いつまでこうしているつもりだ。さっさと消えてしまえ。これ以上、醜態をさらすなど――  自尊心に任せて、吠えたその矢先。  光が見えた。

(ああ、これで……やっと僕も)  彼はそれを、迎えが来たのだと思った。本音を言えば、一刻も早く光の先に行きたかった。悪しき竜でも、徳を積めば来世では聖なる者へと変じるという。所詮はお伽噺だが、それでも。 (来世こそは)  悔やむことならいくらでもある。それこそ、数え切れないほどだ。  だからこそ、己を律しなければならない。同じ轍を踏んでいたのでは、目指す聡明さとはかけ離れていくばかりである。  彼は意識の上で瞬きをし、手を伸ばそうとした。光に向かって。

 光がゆるゆると近付いてくる。あと一歩で辿り着ける、その距離まで迫っていた。  そうして、彼は目を開いた。  光が鮮明になる。どこかで鳥が鳴いている。  懐かしい、紅葉した草木の匂い――


「――スタルーク様っ!」 「ぐえっ」  突然、抱き締められた。勢いがあったため、起き上がろうとしていた彼は再び倒れ込む。  いったい、何事なのか。  彼は腕の中のものを凝視した。  亡くしたはずの心臓が、大きく脈打った。衝撃が大きすぎて、痛みを伴う脈動であった。  彼はおそるおそるで口を開く。 「ラ、ピス……?」 「心配したんですよっ! もう、目を覚まさないんじゃないかって……あたし」 「覚えているかしら? あなた、異形兵の残党狩りの最中に、怪我をしたのよ」  泣きじゃくっているラピスとは対照的に、シトリニカは落ち着いていた。ただし、その目はやはり涙を滲ませていたのだけれど。

「ぼ、くは……」  死んだはずなのに、と。  彼は思案する。  だが、巧く行かない。何もかもが理解できなかった。  どうして彼女達がいるのか。ここはどこだ。 「兄上、は」 「ここにいるぞ、スタルーク」  声がして、精悍な面差しが視界に現れる。  彼は驚いた。  これは本当に、あの兄なのか? 身体ばかり大きくて、そのくせ優柔不断で。頼りない、不出来な兄だと思っていた。  しかし、それならば――この美丈夫は誰だというのだ?

「出ていって下さい」  唐突に喉を突いた言葉は、拒絶だった。  ラピスが傷ついた表情をこちらを見る。彼は目を逸らしていた。 「ひとりになりたいんです」 「わかった」  兄がうなずき、シトリニカを連れて退室していく。 ラピスは何か言いたげに扉の前に留まっている。彼は溜め息をつく。 「ひとつ、質問に答えて下さい」 「何でしょうか」 「なぜ、再び僕の前に現れたんです? 君は」  僕よりもずっと先に、死んでいるはずで。  ラピスだけではない。シトリニカがいる。兄がいる。ここはどこだ?  死後の世界、というわけでもなさそうだった。彼らはまるで、自分が負傷し、そうして息を吹き返してきたかのように振る舞っている。

 何より、この心臓の痛みは―― 「スタルーク様?」 「消えて下さい。僕はもう、惑わされません。あのとき、判断を誤っていなければ」  雨が降る戦場を思い出す。彼女と再会したのも、その戦場でのことだった。  はじめは、霊魂かと思った。あれだけ守ると誓い合ったのに、その実は何も出来なかった愚かな男。それが自分だ。  彼女は、そんな自分を恨んで現れたのかと思った。  けれどもラピスは、それを否定した。まるで彼にとって都合の良いことばかりを言う。これは幻だと、彼は断じた。

(ああ、でも……叶うなら)  もう一度、君と歩けたらならば。抱き締めることが出来たならば。  王として即位する自分の姿を見てほしかったのだ、と。 「誤っていなければ、勝てた戦でした」 「あなたは……」  ラピスの目が見開かれる。

 いくらか強張った声で、続けた。 「異界のスタルーク様?」 「その言葉を信じる限りでは、君こそ異界のラピスでしょう」  そして、ここは――異界のブロディア王城。自分の部屋であった。  寝かせられているのも自分のベッド、異界の自分は随分と気がちいさいようであったが。  部屋の趣味は寸分も違わない点が面白く、また不気味でもあった。 「生まれ変わりたいとは思っていましたが、まさか、異界の自分に憑依するとは……こちらの兄上は、立派なひとのようだ」 「はい。陛下は臣民からの支持も厚く、ただいまは隣国の和平とのためにスタルーク様共々、邁進しておられます」 「隣国? イルシオンやフィレネと? ……冗談でしょう」  あの狂った国の王族どもを思い出すたびに、彼は身のうちが寒くなるのを感じていた。  だが、ラピスは穏やかに微笑んで言うのだ。自分の正体がわかったことで、警戒も解けたらしい。思い切って手招くと、再び近付いてきた。

「こちらの両国は、平和ですよ」 「……そうですか」  この違いは、何だろう。国同士がいがみ合い、牽制し合っていた自分の世界。 ところが、こちらの世界は、まるで。 「巧くいった世界なんですね」  言葉と共に、深いため息が漏れた。今更。怒る気力さえない。  自分達の国は、世界は、もう終わってしまったのだから。

「あたしからもひとつ、謝罪をさせて下さい」 「謝罪?」 「……あなたを斬ったのはあたしです。あたしは、あなたが異形兵などに甘んじているのが見ていられなかった」 「ああ」  そういえば、と彼は思い出す。  さいごに戦ったとき、彼はもう、意識の混濁が始まっていた。目の前の相手が誰なのかすら思い出せない有り様で。  絶望だけが、鮮明だった。  自分は死んでいる。死んで、異形兵になっている。  そんな馬鹿な、と思った。否定したかった。けれども考えれば考えただけ、答えは遠ざかっていった。何もわからなかった。

 無様だった。  その、惨めな姿をさらし続けるぐらいであれば。いっそ。 「その件については、むしろ感謝していますよ。僕は君の手で解放されたんです」 「いいえ、あたしは」 「気に病まないで下さい、ラピス」 「あたしは、あたしを裏切ったんです。あなたの尊厳を守りたかった。だけどそれは、異界のあたしを裏切ることになる。自分の命と引き換えにしてでも守りたかったあなたを、あたしが討ったんですから」  滔々と吐露は続く。

 ああ、と思う。

 ラピスは、ずっと、そんなことを気にして。  まるで生前の、僕のように。

「良いですか、ラピス」  彼は少し説教くさい心地で、言った。 「僕が死んだ時点で、約束は終了しているんです。彼女を裏切ったのは勝手に死んだ僕であって、君ではありません」 「……スタルーク様」  ラピスが唇を震わせる。それでも、彼女は微笑うのだ。 「異界のスタルーク様もお優しいんですね」 「僕が? まさか」  実の兄を斃し、玉座を奪おうとしていたのである。  酷い弟だった。  だからこそ、来世を願わずにはいられないのだ。

 それと同時に、ひとつ。 「心配ではないのですか? ひょっとしたら僕がスタルークに成り代わる策を立てているかもしれないのに」 「最初は少しだけ心配しました。でも、今、こうしてお話をして確信しました。スタルーク様は、そんなことはしません」 「この短期間で」  良くも信頼を得たものである。  人望も信頼も、自分には無縁のものだとばかり思っていたのに。 「では、君に免じて僕はもう眠ります。もう二度と、目覚めないことを願いますよ」 「はい。どうかお気をつけて」  死者の旅路を案じてどうする。彼は苦笑した。それは引きつった、歪な笑みであったけれども。

「ラピス」 「何でしょう」 「眠る前に、口づけを所望しても?」 「――」  ラピスの顔が、可哀想なほど真っ赤に染まる。 「な、な」 「こちらの僕とは、そういう関係ではないのですか? 僕はてっきり」 「おやすみなさい!」  ラピスが踵を返そうとする。その腕を、無造作に捕らえて。  すい、と引き寄せた。  この身体は負傷しているようだが、このぐらいはまだ可能らしい。彼は今度こそ、明確に笑った。  その、笑みの形をした唇を、ラピスの唇へと重ねた。


 一瞬の沈黙。

 やわらかな、なつかしい、生者の気配。感触。  彼がさいごに彼女に口付けたのは、彼女の死後。じょじょに冷たくなっていく唇に、そっと人目を忍んでキスをしたのだった。 「む」  ラピスの抵抗があった。

 彼は目を閉じた。もう良いだろう。  今度こそ光の先へと旅立てることを願いながら、彼は意識を手放した。


      ***


 一方、あとに残されたラピスはといえば。 「わ、わ」 「うわー!! ごめんなさいごめんなさい、って痛いです何ですかこれ、僕めちゃくちゃ怪我しているじゃないですかごめんなさい、心配をかけたのは謝りますしそれ以上にこんなふしだらなことを無意識のうちに行っていた僕を殴って下さいラピス!」  長々と響き渡る、愛する主君の悲鳴と。  唐突に始まり唐突に終わった非日常との邂逅は、ラピスの胸を軽くしてくれたのだった。

 
 
 

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