その贈り物は、甘くない(世界樹 長髪プリ×姫ブシ)
- kazenoryu-beibei
- 2023年5月8日
- 読了時間: 3分
「お前って、チョコくれたためしがないよな」 「ええ」 今更どうした、と言わんばかりの目でスズネは振り返った。 俺だって一緒だ。この質問は今更で、ありきたり過ぎるものだ。頭の回転がいいこの女を驚かせるには、力不足にも程がある。
――今日は年に一度。年に一度のある日。 意中の相手や、親しい者同士でチョコを贈り合う日で。うちの国にはそんな甘い文化はない。俺だって、旅の途中で知った。 その旅先ではじめて出来た「女友達」からのチョコには、風味付けの酒と媚薬が仕込まれていた。苦い思い出だ。 だからといって俺は、この日を嫌いにはなれないのである。
「欲しいのでしたら買ってきますが?」 「手作りじゃねぇのかよ」 「ええ、どうせ義理チョコですし」 「せめて友チョコと言えよ、幼なじみの情に免じて」 「うふふ」 実際のところ、幼なじみである以前に、今は主君と従者である。友も義理もない。ただの主従だ。 それ以上の関係を、こいつは望まないだろう。 賢いやつだから。こいつは最初から絶望しない道を選ぶ。俺だけが躍起になっているようで面白くないけれど。
「たかがチョコを溶かして、また固めただけでしょう? それで手作りだなんて烏滸がましい」 「世の中の女すべてを敵に回す気か、お前は」 「あら。そうだとしたら、返り討ちにするのが大変ですわね……掃討に殿下は付き合ってくださいますか?」 「ご免だぜ。それよりお前は災いを招くような言葉遣いをどうにかしろよな。ったく」 聞けば、チョコを手作りする際には、あれこれと工夫を凝らすものだと聞く。スズネのように頭ごなしに馬鹿にして掛かるのは、如何なものかと俺は思う。
「それにですね……」 「何だよ」 「ユアン様はチョコレートが召し上がれませんから」 「ああ」 兄貴な、と。 俺は急に冷静になって、椅子にもたれ掛かっていた。兄貴。こいつは元々、兄貴の臣下だったのだ。 そうして今でも、優先順位は兄貴が上だ。 継承権があるのはあちらだから、大事にされて当然なのだが。それに二人には、父子か兄妹のような絆がある。幼いこいつを引き取って面倒を見ていたのだから、これも無理はない話だろう。 ぜんぶ、頭ではわかっている。
わかった上で、俺は。 「……ルシアン?」 「今は、俺の従者だろ」 腕を伸ばして、スズネを抱き寄せる。小柄なスズネは、あっさりと俺の腕の中に収まった。一瞬だけ意外そうな顔をしたスズネだが、すぐに常態の仏頂面に戻って言う。
「そんなにお菓子が欲しいのですか? 子供みたいね」 「うるせー。義理でも友でもチョコをくれるアリス女史万歳だ。何なら友チョコいっぱい持ち帰ってきて、お前に見せびらかしてやるよ」 「あら、もらうアテはあるのね」 「当たり前だ」 ギルドには女子も多いし、……さすがに、本当に親しいやつ以外から貰うのには抵抗を覚えたものの。今は姉上も同行しているし、ヤバいものが紛れていたら忠告してくれるだろう、たぶん。 それはいいとして。
「お前、抵抗しないのな」 「わたしが本気で暴れたら、殿下など今頃バラバラですわ」 「おー、ぞっとしねぇ話に感謝するぜ、まったく」 「ですが――」 何を思ったのか、スズネは目を細める。 ガキの頃を思い出す。こいつがこんな目をするときには大抵、ロクな目に遭わなかった。川に突き落とされたり、落とし穴を掘られたり……
「すず?」 「花ぐらいは、差し上げましてよ」
意地の悪い笑みを浮かべて、スズネは俺の髪に、自分が挿していた花飾りを添えた。 俺は慌ててスズネから手を離す。 スズネは微笑っている。 うちの祖国において。女が花を贈るのは、出稼ぎから戻った恋人や夫を労うためである。もしくは、あなたの帰りをいつまでも待つという、誓いを贈るためで――
「こんなに重いことを言われても、あなたには応えられないでしょうに」 その微笑に寂しいものが込められていることが、俺に歯噛みをさせたのだった。
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